
美容室経営者・オーナーになる方法は、 独立創業だけではなく、「事業承継」という道がある。事業拡大も、自力出店だけではなく、「M&A(合併・買収)」が選択肢の一つとなる。どちらも大きな金銭が動くことからトラブルも生じがちだが、きちんと手続きを進めれば、決して難しいものではない。経営基盤や経営資源をそのまま引き継げるというメリットと、前オーナーの思いを受け継ぎ、さらに発展させるという使命は、事業承継やM&Aならではの特徴であり、やりがいも大きい。そこで「美容室経営を受け継ぐ」と題し、事業承継やM&Aを成功に導くためのポイントを特集する。
解説:齋藤和寿[M&A・事業承継の成功法を教える専門家]
事業を譲受した側にとっては、承継後が本番! 承継した美容室の良いところは残し、改善すべきところはスタッフの反応を見ながら改善し、成長軌道へと導きます。
美容室の事業承継やM&Aにおいて、譲り受ける側は、譲渡契約が完了し、晴れて新オーナーとなった後も、運営が軌道に乗るまでには多くのリスクに直面します。また、判断ミスによって思わぬ落とし穴にはまることも珍しくありません。この点が、譲渡契約が終われば身軽になる前オーナー側との大きな違いです。
特に大きな影響は、経営者が変わった直後に表れます。なぜなら、スタッフや顧客は「オーナーチェンジ」という変化に対して、多かれ少なかれ、必ず不安を持つものだからです。この初動対応を誤ると、事業の継続性に深刻な影響を与えてしまいます。そのため、下表のポイントを事前に押さえておきましょう。
こうしたポイントは、財務諸表では把握できない無形の風土であり、「知的資産」の一つと言えます。美容室経営は、このような風土や知的資産が大きな影響を及ぼします(知的資産については、次回に詳述します)。
事業承継やM&Aを実行する中で、実際に起きた失敗事例を、下に紹介します。失敗事例には、事前準備の甘さや現場への配慮不足といった共通点が見られます。事業承継やM&Aの教訓としてください。このような注意事項や失敗事例を紹介すると、「事業承継やM&Aは見送った方が安全」「新オーナーに就任しても、事業を統合し、革新していくのは難しそう」と感じるかもしれません。しかし、失敗事例の「解説」で述べたような注意点を守れば、失敗のリスクを大きく減らすことができます。
事業は、現状維持ではいずれ衰退します。統合プロセスを通じ現場とのすりあわせを行い、安定した後は、どうすればさらに業績を伸ばせるかを発想することが必要です。的確な改善を行うことで、既存スタッフは「新オーナーを迎えてよかった」と実感し、士気が高まります。そして顧客満足度が上がり、結果として持続可能な成長につながります。「マーケティング・集客導線の改善」「単価・サービス設計の見直し」「評価制度や育成体制の整備」「スタッフのやりがいや働きやすさの向上」「ブランディングの強化・差別化戦略」などに取り組んでいきましょう。
【経緯】
コスト削減のために、買収監査を実施せずに株式を取得した結果、承継後に残業代の未払いや社会保険料の滞納が判明しました。買い手側は当初把握しておらず、やむなく前オーナーに責任を求めましたが、双方の認識にずれがあり、最終的に訴訟へと発展。訴訟費用も労力もかかり、かえって高くついてしまいました。
【解説】
全額ポケットマネーや自己資金で賄えるならばともかく、金融機関から借り入れるような金額が動くならば、専門家による基本的な法務・税務・労務の精査を怠るべきではありません。内部のリスクは帳簿だけでは見えないものなのです。
【経緯】
M&A後、業務の効率化を目的にマニュアルを導入し、接客対応や施術プロセスを画一化したところ、常連客の来店頻度が急激に低下。顧客ヒアリングを実施すると、「前のいい雰囲気がなくなった」「マニュアル通りで温かみがない」といった声が上がりました。このお店は、属人的な接客や柔軟な対応が強み(知的資産)だったのですが、マニュアル化・画一化によって強みを失い、魅力が損なわれてしまったのです。
【解説】
マニュアル化自体は誤りではなく、運営効率や品質安定のために必要な場合も多々あります。ただし、「その店の強みを十分に理解した上で行うかどうか」が成否を左右します。なお、より良い業務改善やリブランディングを狙い、「顧客が離れる」ではなく、一時的な業績悪化を織り込んで、あえて「顧客を放す」施策であれば、そしてV字回復を果たせるならば、失敗ではありません。この事例での問題点は、知的資産の洗い出しなどを行わず、改革に丁寧さが欠けていたことだと言えます。
【経緯】
譲受直後から、新オーナーが独自の評価指標による管理を導入しました。しかし、その評価・管理制度が、前オーナー時代の「和気あいあいとした雰囲気」とはかけ離れていたため、現場との間に摩擦が生じました。特に中核を担っていたスタッフとの関係性にひびが入り、結果として数人が離職する事態となりました。
【解説】
象徴的だったのは、制度導入直後の打ち合わせで、新オーナーが開始時刻に大幅に遅れて来たこと。まだ信頼関係が築かれていない状態での遅刻は、現場に「軽視されている」という印象を与え、さらに、これまでのやり方や風土を無視した改革の「押し付け」によって、決定的な反感を招いたのです。新しいルールを導入すること自体が問題なのではありません。ルール導入のプロセスで信頼関係を築いていなかったことが問題なのです。
※本記事は、月刊『美容の経営プラン』2025年7月号から転載した記事です。
次回は… 美容室経営を受け継ぐ|その6(最終回)許認可・権利・契約や知的資産を承継する(3/26公開予定)
はじめから読む… 美容室経営を受け継ぐ|その1 事業承継・M&Aは今後、美容業でも加速する