
美容室経営者・オーナーになる方法は、 独立創業だけではなく、「事業承継」という道がある。事業拡大も、自力出店だけではなく、「M&A(合併・買収)」が選択肢の一つとなる。どちらも大きな金銭が動くことからトラブルも生じがちだが、きちんと手続きを進めれば、決して難しいものではない。経営基盤や経営資源をそのまま引き継げるというメリットと、前オーナーの思いを受け継ぎ、さらに発展させるという使命は、事業承継やM&Aならではの特徴であり、やりがいも大きい。そこで「美容室経営を受け継ぐ」と題し、事業承継やM&Aを成功に導くためのポイントを特集する。
解説:齋藤和寿[M&A・事業承継の成功法を教える専門家]
事業承継やM&Aに際しては、物的資産だけでなく、各種権利・契約や知的資産など、目には見えづらいが、運営を行う上で重要な要素も適切に承継する必要があります。
美容室を運営するには、美容所登録が必要です。ご存じの通り、美容所登録は、個人(個人事業主)だけでなく会社(法人)でも行うことができますが、事業を譲渡する側が会社か個人かで、美容所登録の扱いが変わってきます。
美容室を運営する会社の株式を譲り受ける場合(株式譲渡)は、美容所登録を受けている会社ごと引き継ぐため、既存の美容所登録がそのまま有効となります。買い手側(譲受側)は、美容所登録に関しては特に届け出を行う必要がありません。個人事業主から経営資産を譲り受ける事業譲渡の場合、以前は譲受側が新規に登録を行う必要がありました。しかし2023年からは、開設者の地位を承継した後、遅滞なく(おおむね60日以内に)事業承継の届け出を行えば、新規登録の必要がなくなりました。個人事業主の事業承継を促進する制度改正とも言えるでしょう。なお、特に個人事業主から事業を譲受する場合は、譲渡・譲受によって権利や契約が消滅するものがないかについて、専門家と話を詰めておくようにしましょう。
| 株式譲渡の場合 | 法人そのものを譲渡するため、美容所登録の名義人は変わらず、新たな登録は不要。引き継ぎ後も、登録内容に変更がなければ原則として手続きは発生しない。 |
| 事業譲渡の場合 | 事業譲渡によって美容室を譲り受ける場合、営業許可に関する手続きが発生する。譲渡人と連携し、事前に管轄の保健所へ相談を行うことが望ましい。譲渡後の衛生管理体制や事業運営の方針についても、必要に応じて保健所に対して説明を行う。 |

事業承継やM&Aの成否を左右するのは、財務諸表に現れない「知的資産」をどれだけ適切に引き継げるかにかかっています。知的資産とは、設備や売上ではなく、店舗がこれまで培ってきた信頼、仕組み、人材、ブランドなどの、見えない(見えにくい)資産を指します。
知的財産には、以下のようなものがあります。
このような知的資産は、譲渡・譲受側とも気付きづらいものであり、特に美容室の場合、属人的なノウハウ・暗黙知が運営や売上を支えていることも多々あります。こうした知的資産は、引き継ぎの対象から外れると失われてしまい、承継後に、
「なぜかお客さまが減った」
「なぜかスタッフが次々に辞めていった」
…といったトラブルの原因ともなり得ます。従って、承継前に現オーナーと知的資産に関して十分な情報共有を行うとともに、これらの資産を可能な限り言語化・文書化しておくことが重要となります。例えば、
「明文化されていないノウハウをマニュアルに起こす」
「スタッフと面談し、その内容を記録して暗黙知を洗い出す」
などの小さな積み重ねを行うことが、承継後の安定運営に直結します。
| スタッフに関する要素 | 技術力、接客力、教育・評価制度、理念の共有度、社内コミュニケーション、リーダーの存在、シフト管理、給与制度、育成プログラム、福利厚生…など |
| 業務や仕組みに関する要素 | 予約管理システム、業務フローマニュアル、来店促進のノウハウ(LINE、DM、キャンペーン)…など |
| 顧客・取引先との関係性 | 顧客との信頼関係、仕入れ先との条件や関係性、金融機関との取引実績や評価…など |
| ブランド・店舗価値に関する要素 | 内装・BGM・香りなどの雰囲気、店舗のネーミングやロゴ(登録商標含む)、独自技術・サービス、オリジナル商品の存在、ポジショニング戦略、口コミ評価、SNSの活用実績…など |
※本記事は、月刊『美容の経営プラン』2025年7月号から転載した記事です。
はじめから読む… 美容室経営を受け継ぐ その1|事業承継・M&Aは今後、美容業でも加速する