
スタッフを店長や幹部のポストに据えれば、 そのスタッフは店長や幹部となる。だが、店長や幹部として必要な能力がなければ、店舗を取りまとめることも、売上を伸ばすこともできない。必要なのは、単に立場上の店長・幹部ではなく、店舗とスタッフを輝かせ、お客さまにも支持される、「デキる店長・幹部」だ。そこで「デキる店長・幹部」が持つべき能力と、その能力を育成するための方法を紹介する。
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「デキる店長・幹部の育成において、今まで以上のコミュニケーション力を身につけさせる必要があることは言うまでもない。では、具体的にどのような言動が望まれるのか。“伝わる表現”の第一人者が解説する。
解説:山本衣奈子[E-ComWorks㈱、伝わる表現アドバイザー]
店長・幹部の育成では、コミュニケーション力を向上させることが、最大の課題です。スタッフとの関係性をうまく築けないと、思うような結果や成果を生みにくくなります。また、スタッフのモチベーションやメンタルヘルスへの悪影響も出やすいものです。
コミュニケーション力、と言葉にするのは簡単ですが、それが具体的に何を指すのかは、案外曖昧です。サロン経営者が店長や幹部に「もっとコミュニケーション力を磨いてください」と指示しても、相手が具体的に何をどう磨けばいいのかがはっきり理解できなければ、何度言っても変わりません。
コミュニケーション力とは何でしょうか? それは、伝えたいことを相手にしっかり届け、また相手が発するものをしっかり聞いて受け取るという、ごく当たり前の力のことを言うのです。本稿では、まず相手にしっかりと思いを届けることを主眼に置き、「伝える」と「伝わる」の違い、相手に「伝わる」伝え方、そして相手の思いをしっかりと受け取る「信頼を得られる『聞き方』」について説明していきます。
店長や幹部候補の方たちは、美容師としての高い技術力や接客力に加え、すでにコミュニケーション力も十分に身に付けているからこそ、次期リーダーへ最も近い位置にいるのだと思います。ここでは、そのコミュニケーション力をもっと輝かせるためのヒント、特にスタッフとのコミュニケーションを念頭に、すぐに活用できる事例を紹介していきます。
人は、言葉一つでモチベーションが最大に上がることもあれば、最低にまで下がることもあります。言葉とは、それだけの影響力や、重みがあるものなのです。今後リーダーになりたいという意欲がある方、あるいは次期リーダー・幹部を育成していきたい方に、ぜひ読んでいただきたいと思います。
伝えたいことを相手にしっかり届け、相手が発するものをしっかり聞いて受け取る、ごく当たり前の力のこと
コミュニケーション力に必要な「相手にしっかり届ける」「相手が発するものをしっかり受け取る」のうち、まずは「相手に届ける」ことから考えていきましょう。なお、相手に届ける方法を、ここでは話すことと想定します。
話すという形で発信する際に最も大事な当たり前は、ただ“伝える”のではなく、“伝わるように伝える”ことです。“伝える”と“伝わる”は一字違いですが、意味は大きく異なります。
“伝える”は、伝えたい自分側の視点の言葉です。ドッジボールの投げ方をイメージしていただくと、分かりやすいかもしれません。ドッジボールの目的は、「相手に向かって投げること」です。ですから投げるときには、相手のことを考えるというより、自分の出し得る力を振り絞って、思いきり投げつけていきます。
一方、“伝わる”は、相手側の視点の言葉です。イメージはキャッチボール。キャッチボールの目的は、「相手がしっかり受け取れる球を投げる」こと。ですから投げる際には、相手のことをよく考えます。相手に合わせて投げ方を変え、目の前にいる人が最も受け取りやすいと思われるボールを投げます。
「伝わる」伝え方とは、自分が投げたいボールを投げるのではなく、相手が取れるボールを投げることです。店長・幹部を対象としたコミュニケーション教育においても、最初に“伝わる伝え方”の重要性を認識させてください。
✗ 自分が投げたいボールを投げる=伝える
◎ 相手が取れるボールを投げる=伝わる
相手に合わせて投げ方を変え、目の前にいる人が最も受け取りやすいボールを投げる=双方向型の「伝わる」に
「伝わる伝え方」はキャッチボールのようなものと書きましたが、相手が受け取りやすい言葉の選び方について考えてみます。
例えば、同じ内容の返事をする際、選ぶ言葉一つで、受け取られ方や結果が変わります。AとBという2つの選択肢を用意してきた人が、「どちらがいいでしょうか」と聞いてきた時に、あなたに最終決定権がある場合、「Aでいいと思う」と答えるか、「Aがいいと思う」と答えるか。たった一字の違いですが、相手に伝わる印象は異なります。この違いに、相手は大きな意味を受け取りやすいものです。「で」という文字の中には、諦めのニュアンスが含まれます。「Aでいい」では、「どっちでもいい」という印象を与えかねません。
他の例で言うと、人に依頼をするときに、「あなたでいいからお願い」と言ったならば、相手はどう思うでしょうか? 「あなたでいい」つまり「誰でもいい」というニュアンスで言われて、モチベーションが上がる人はいません。このようなシーンでは、「あなたがいいからお願い」と話すと、相手は「頼りにされている」と実感できます。
こういう場合の言葉選びを、私は“陽の当たる言葉を使う”と表現しています。使う言葉を相手にも自分にも心地よいもの、つまり陽の当たる言葉を使うことによって、相手からも気持ちの良い反応が返ってきやすくなります。また、日頃から「話し始めの一言」には気を付けましょう。話し始めに「だけど」「でも」「だって」「どうせ」など、Dから始まるこれらの言葉を使うと、後ろにはネガティブな言葉が続き、否定的な印象になりがちだからです。代わりに「そうなんだ」「そうだよね」「それいいね」など、Sから始まる言葉は、後ろにつながる言葉がポジティブになりやすいため、使用をおすすめします。
Q. AとB、どちらがいいですか?(決定権があなたにある場合)
✗ Aでいいと思う
◎ Aがいいと思う
Q. 相手に頼みごとをするとき
✗ あなたでいいからお願い
◎ あなたがいいからお願い
リーダー候補たちには、陽の当たる言い方を覚えてもらおう
店長・幹部候補のように、次期リーダーとなる方たちにとって、よい人間関係の構築には、話す力だけでなく聞く力も大切です。ただ“聞く”のではなく、“聞き切る”意識を持つことが、店長・幹部としてのコミュニケーションを円滑にする大きな鍵を握っています。
会話の主導権は、話し手よりも聞き手が持っている場合があります。聞き手のあり方(「ながら聞き」など)次第で、話し手は話し方や話す内容を変えることがあるからです。不快な気分になったり、途中で会話をやめてしまったりというようなことも起こります。なお、相手の話にうなずいて、相づちを打つ行為だけが“聞くこと”ではありません。リーダー育成に当たっては、ただなんとなく“聞く”だけのリーダーではなく、相手の心の奥にあるものを含めて“聞き切る”意識を持って、全身を使って相手の話を受け取ることができるリーダーを育てていきましょう。
サロン内においても、単なる指示と確認の往復で終わらせず、「あなたはどうしたらいいと思う?」「何かいいやり方はある?」といった一歩踏み込んだ質問が、相手の思いだけではなく主体性を引き出し、成長につながる関わり方を実現していきます。
最後になりますが、相手の話を聞く際に難しさを感じるのは、人の本音や本心は、必ずしも言葉で表現されるとは限らない場合があることです。心の底では「嫌だ」と思いながら口では「いいですよ」と言うこともあれば、冷たい言葉を発しながら、心の奥にはその人に対する思いやりや愛情が隠されていることもあります。コミュニケーションとは、単純に表面的な言葉のやり取りだけで成立しているわけではありません。言葉にされていないものも含めて、共有することであるということを、リーダー候補たちへ認識させてください。
相づちを打つだけでなく、相手の心の奥底にあるものを含めて“聞き切る”意識を持ち、全身を使って相手の話を受け取ることができるリーダー育成を
美容師の業務中(接客中)は仕方ないとしても、例えばバックルームで書類やパソコン、スマホなどから目を離さずに(それらを見ながら)相手の話を聞く「ながら聞き」は、相手を不快にさせ、会話を諦めてしまう可能性がある。相手がいる側に身体を向けて聞くのが大原則
※本記事は、月刊『美容の経営プラン』2025年7月号から転載した記事です。