
美容室経営者・オーナーになる方法は、 独立創業だけではなく、「事業承継」という道がある。事業拡大も、自力出店だけではなく、「M&A(合併・買収)」が選択肢の一つとなる。どちらも大きな金銭が動くことからトラブルも生じがちだが、きちんと手続きを進めれば、決して難しいものではない。経営基盤や経営資源をそのまま引き継げるというメリットと、前オーナーの思いを受け継ぎ、さらに発展させるという使命は、事業承継やM&Aならではの特徴であり、やりがいも大きい。そこで「美容室経営を受け継ぐ」と題し、事業承継やM&Aを成功に導くためのポイントを特集する。
解説:齋藤和寿[M&A・事業承継の成功法を教える専門家]
事業承継やM&Aは、言葉は難しそうですが、実際に行うことは、準備、契約実行、統合と、非常にシンプルです。ここでは、事業承継・M&Aの基本的な流れを整理しましょう。
事業承継・M&Aには、大きく3つのプロセスがあります。
譲渡する側のオーナーが準備をするプロセスです。大半のオーナーはまず、社内(社員・スタッフ)や親族に引き継いでもらえるかどうかを検討します。その結果、経営者としては能力的に厳しいと判断した場合や、そもそも引き継いでもらえそうな人がいない場合に、初めて外部の第三者への譲渡を考えはじめます。
逆に言うと、外部の人間としてM&Aを持ち掛けられたならば、その企業には社内や親族に引き継ぐ相手がいない(後継者不在)と推測できます。また、企業価値を評価して譲渡価格の基準を算出します。さらに、決算資料や資産の時価査定資料、スタッフの人事にまつわる資料などを作成し、同時に、譲渡後の財務(簿外債務の発覚など)・法務(オーナーチェンジによる契約解除など)・人事(スタッフの離職など)に関するリスクを見積もります。
譲り受ける側の視点で言うと、相談が持ち掛けられ、話を聞いたときから、事業承継・M&Aプロセスはスタートします。このプロセスは、
の3つに大きく分けることができます。それぞれの詳細は次回以降で詳しく解説します。
特にM&Aにおいては、ただ株式や事業を譲受しただけでは、2つの企業・事業が別個に収益を上げるだけであり、シナジー効果(スケールメリットや人材交流による生産性向上など)は得られません。それどころか、互いに「異物」として反発し、かえって失客やスタッフの離職、生産性低下などの悪影響を及ぼすこともあります。そこで、事業の譲受後、新オーナーの下、経営、業務、意識、企業文化などを融合し、合併・買収・事業承継の効果を最大化していきます。これが統合プロセスです。統合プロセスは、英語では「Post Merger Integration:PMI」と書きます。Post=後、Merger=合併、integration=統合なので、「合併後の統合」という意味です。M&Aとは、むしろ譲り受けてからの統合が本当のスタートだと言えます。
統合プロセスは、事業承継においても必要です。前オーナーにカリスマ性があった場合などは、スタッフが後継者を後継者として認めず、ほぼ全員が離職する、という事例も珍しくありません。統合プロセスを通じ、新オーナーとしての方針や考え方と、スタッフの意識をすり合わせて、一致団結できる体制をつくっていきます。
01|事前準備プロセス
※譲渡するオーナー側の準備
02|M&A・事業承継プロセス
03|統合プロセス
事業承継・M&Aにはさまざまな手段がありますが、美容室の場合、ほとんどは「事業譲渡(譲受)」と「株式譲渡(譲受)」のどちらかとなります。
事業譲渡は、オーナー個人や法人が所有している、事業に関係する全てまたは一部の資産(土地・建物・設備など)を譲渡します。一方、株式譲渡とは、その名の通り、法人の株式を譲渡して引き継ぎが完了する方法です。法人の場合は、事業に関係する資産は全て法人が所有しているので、いちいち個別の資産を譲渡せずとも、株式の譲渡のみでよいのです。株式譲渡は、法人化している美容室のみが取れる手段です。
事業譲渡と株式譲渡の違いを以下の表にまとめました。
| 事業譲渡 | 株式譲渡 | |
|---|---|---|
| 売り手 | 個人事業主・法人 | 法人 |
| 買い手 | 既存のスタッフや親族、新しく美容室を始めたい個人、すでに美容室を始めている個人・法人 | (事業譲渡と同じ) |
| 譲渡対象 | 美容室事業の全てまたは一部の資産(店舗、設備・顧客名簿、商号など) | 美容室を運営している法人の株式(店舗や設備などは全て含まれている) |
| 譲渡方法 | 売り手の持つ事業資産の全てまたは一部を、売買契約で譲り受ける | 売り手の持つ会社の株式を、株式譲渡契約で譲り受ける |
| 契約当事者 | 個人事業主・法人 ⇄ 買い手 | 株主 ⇄ 買い手 |
| 従業員との関係 | 新たに雇用契約を締結し直す必要がある | 雇用契約は法人に残るため、買い手が法人を取得すれば、そのまま継続可能 |
| 取引先との関係 | 取引契約を個別に承継・再契約する必要がある(同意取得が必要なケースも) | 原則、法人との契約関係は そのまま継続(契約名義も変わらない) |
| 特徴 | 小規模な美容室の売買や一部店舗だけの譲渡に向いている | 法人単位での経営権移転が可能。法人運営の継続が前提 |
※本記事は、月刊『美容の経営プラン』2025年7月号から転載した記事です。
続きを読む… 美容室経営を受け継ぐ|その3 事業を引き継ぐかどうかを検討し、決断する
はじめから読む… 美容室経営を受け継ぐ その1|事業承継・M&Aは今後、美容業でも加速する